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清水区の観光名所  世界遺産三保の松原は昔、半島ではなく島だった

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清水区の観光名所  世界遺産三保の松原は昔、半島ではなく島だった

三保は東北方向に伸びた長さ6kmの砂嘴で、安倍川がもらたした土砂と久能山東照宮が位置する、有度山の南斜面の海食崖から削り取られた、大量の砂礫が東に流れて運ばれ三保島ができた

三保島がいつ陸地に接続したか明確ではないが戦国時代の1567年、紀行文『富士見道記』の中には三保から半島の付け根にある駒越まで徒歩で浜づたいを渡ったと記されている、つまりこの時期には島の西端の折戸と対岸の駒越との海峡『瀬折戸』がしだいに埋まり浅瀬が形成されていたと考えられる

その後、江戸時代には陸地が完全に形成されたが道の整備はされておらず、御穂神社の参賀も対岸から船で渡っていたようた。


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