記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

女たらし《裸の》高知東生と五十川敦子の性格!AV女優との結婚など【まとめ】


2016年6月24日麻薬取締法違反で逮捕された高知東生のことを書こうと思う。

高知東生のAV女優スカウトマン時代からAV女優との結婚にまつわる秘話!高島礼子さんは高知東生にたらし込まれ結婚した!高知東生と不倫しシャブセックス後に現行犯逮捕された派手好きな女!五十川敦子の性格と驚くべき“芸能界人脈”からの成り上がり!などを1ページにまとめてみました。



このページでは

▼高知東生と高校時代
▼《AV女優あいだもも》との結婚
▼“ヒモ”半生《たらし込まれた》高島礼子
▼派手好き!五十川敦子の性格
▼驚くべき“芸能界人脈”成り上がり
▼裸の高知東生と五十川敦子【まとめ】


について説明します。



覚せい剤で逮捕された高知東生と妻の高島礼子さん 写真・geinou-news.jp






▼高知東生と高校時代


高知東生と書いて「たかちのぼる」と読む、本名は大崎丈二といい、1993年28歳の時に今とは一字違う芸名「高知東急」の名で俳優デビューした。これは高知県出身でデビューが28歳と遅かったため、急いで東(東京)にのぼれという意味を込めた芸名であったが1996年に、東京急行電鉄(東急グループ)が「高知東急」では高知に東急が進出したと誤解を受けると不正競争防止法を根拠に芸名使用停止を求め裁判になり「東急」(急いで東京にのぼれ)を現在の「東生」(東京で生きる)に改名した。

高知東生は1964年12月22日に高知県高知市で生まれ、小学生の時にスカウトされ四国電力のCMに出演したことがあるというから、当時から顔立ちが整っていたようだ。

高校は高校野球の名門、明徳義塾高等学校に進学、野球部に入部。高校3年の春に甲子園出場を果たしたが高知東生はベンチ入りできず応援席だった。

高知東生は野球が好きで1998年母校が夏の甲子園出場を果たしたとき高島礼子さんと2人で観戦に行き、この年の秋に結婚を報告した。

高校卒業後、高知東生は上京。間もない頃ディスコで偶然出くわした嶋大輔と喧嘩をし、それをきっかけに打ち解け、以来親友になった











▼《AV女優あいだもも》との結婚


高知東生は俳優デビュー前、AV女優のスカウトマンをしていた。渋谷界隈のスカウト関係者の間では、本名である大崎丈二から「ジョージ」と呼ばれていた

普通、スカウトマンのイケメンといえば、相場はチャラ男だったが、高知東生は異性だけでなく、同性、特に年上にもかわいがられる不思議な魅力があった。当時、売れっ子AV女優を多数抱えていた事務所関係者からも『ジョージ、ジョージ』と目にかけられていた。

それを象徴するのが最初の妻である元AV女優のあいだももとの結婚

1990年、AV女優のスカウトマンだった高知東生は、本名の大崎丈二の名でアダルトビデオ『極上ヴィーナス 快楽女王』に出演しAV女優・あいだももと共演

あいだももは90年のAVデビュー時、複数のビデオメーカーが同時に売り出した鳴り物入りだったのだが、わずか5カ月で引退し、91年に高知東生と結婚した。

業界の常識的にスカウトマンと超人気AV女優の結婚なんてありえない。しかしあいだももの事務所社長は『まあジョージだから』とお咎めなしだったという。

このAV女優あいだももとの結婚は長続きせず1996年に離婚となった。この結婚は、当時16本のビデオに出演し稼いだ数千万円のギャラ目当てだったとの声もある。

91年~96年のAV女優あいだももとの結婚生活中の93年、高知東生28歳のとき「高知東急」の名で俳優デビューを果たした。




高知東生の元妻あいだもも 写真・movie.eroterest.net







▼“ヒモ”半生《たらし込まれた》高島礼子


高知東生と高島礼子さんは96年に知人の紹介で知り合い翌年9月に写真誌で交際が報じられ98年10月に2人で会見し翌年の結婚を報告した

高知東生は数々の女性との浮名を指摘されると「同じ失敗は繰り返さない」と宣言し高島礼子さんも「万が一にも浮気するとは考えていません」と話した。

99年2月、ハワイの教会で挙式、そろって会見。01年4月、高島の日本アカデミー賞優秀助演女優賞受賞の祝賀を兼ね「新世紀東生&礼子絆パーティー」を開いた。06年の正月休みには、思い出のハワイを夫婦で訪れた

順風満帆で幸せそうな夫婦に見えるが、その裏で高知東生の“不貞行為”について、芸能プロ関係者から証言が出ている

「10年ぐらい前に、高知東生がある元アイドルに入れ込んだことがあった。よほどほれ込んだのか、別れた後もしつこく復縁を迫っていたようだ。この元アイドルの周囲もクスリの噂が絶えず、当時から高知東生もクスリ疑惑がささやかれていた」

という。10年前というと思い出のハワイを夫婦で訪れたこの頃になる。高知東生とラブホテルで一緒に逮捕されたクラブホステスの五十川敦子とも、この時期に知り会っている。

しかしそんなことなど微塵も感じない高島礼子さんは夫・高知東生への感謝をことあるごとに口にし11年に高島礼子さんがドラマ出演で1カ月韓国滞在した時、取材で「(高知東生に)電話で愚痴を聞いてもらい助けられた」と語り、結婚10年を前に円満な結婚生活の理由を聞かれると「一緒の時間を増やし、何でもよく話し合うことが大切」と話している。

今年で結婚から17年。高知東生は常々「高島礼子の一番のファン」と公言していたというが、全てを知った今では高島礼子さんを、たらし込む『呪文の言葉』のように聞こえる。

「当時は格差婚と騒がれたが、高島礼子は高知東生に心酔していた。結婚に猛反対していた高島礼子の父すら最終的には取り込む“人たらし”ぶり。たらし込んで、うまい汁を吸う。結局は甘ったれたヒモでしかなかったというわけだ」と高知東生容疑者を知る出版関係者は語る。

さらに女性自身には高島礼子さんが夫・高知東生を溺愛している逸話が掲載されている

「高知東生さんは介護もせず好き放題の生活で、朝まで帰らないこともしばしば。知らない人も引き連れて飲みまわるから、40人の大名行列になったことも。そのときはお金が足りなくなった夫のため、午前4時に財布を抱えて高島礼子さんが駆けつけたそうです」(高島の知人)

女優として多忙ななか、ヤンチャな夫の尻拭いにも奔走していたという高島礼子。さらに更年期にさしかかったころから、ひそかに病気とも闘っていたのだ。

「高知東生さんが『かみさんに3日間泣かれた』と言うんです。高島礼子さんの持病が悪化したらしく、帰るとリビングの真っ暗な中でずっと泣いていたそうです。治療薬を飲んだら今度は副作用で言語障害のような状態に。壮絶な状態だったと聞きました」(前出・高島の知人)

高島礼子さんは『家庭画報』15年2月号のインタビューで、3年前からリウマチの治療を行ってきたことを明かしている。それでも仕事を続け、さらには父の介護まで……。そんな彼女に優しい言葉をかけたのが高知東生だった。

リウマチのリスクを高める要因に低体温があるのですが、高知東生は15年に体温管理士という資格を取っています。そして義父の介護も申し出るなど、献身的な姿をみせました。そんな姿を見せられたら誰だって心から感謝するでしょうし、何も言えなくなってしまう。そうして彼は“いっさい文句を言われない状況”を作りだしていったのです」(芸能関係者)

覚醒剤など不法所持で逮捕された元俳優、高知東生容疑者。転落の陰から見えてくるのは、“生来の人たらし”と“ヒモ”半生だった。













▼派手好き!五十川敦子の性格


覚せい剤取締法と大麻取締法違反の疑いで高知東生と共に逮捕されたクラブホステス五十川敦子は約10年前に高知東生と知り合い、2、3年前から頻繁に会うようになったという。

五十川敦子について、彼女を知る神奈川県内のキャバクラ関係者は「彼女は横浜市内にある、料金も高額な最高級キャバクラ店で働いていて、その店の現役NO・1ホステスだった。逮捕された日も、出勤だった可能性もありますよ」という証言があり

高知東生についても「逮捕される1カ月くらい前にうちの店(キャバクラ)に来た」と話し、「男らしくてかっこいい感じだった。報道されているような感じではなく、男性と2人連れで来店し、楽しく飲んでいて変な様子はなかった」と証言している。

逮捕当時、高知東生と五十川敦子は午前2時頃ラブホテルに入室したというから五十川敦子のキャバクラが閉店してから入室したとも考えられる。その後2人は覚せい剤とセックスに明け暮れ、午前8時半に裸で寝ているところを逮捕された。

五十川敦子に関しては、ホステスを本業とする以前はモデルやレースクイーンとして活動していたと言うだけあり、スタイル抜群で水着画像やエロボディが自身のブログから拝見することができる

横浜市の裕福な家庭に育ち、通っていた神奈川県の私立女子大付属高ではその奔放さで有名だったという。五十川敦子の同級生は夕刊フジの取材に「敦子なら今回のことも不思議じゃない」と証言した。

五十川敦子と高知東生のシャブセックス逮捕を耳にした五十川敦子の高校の同級生(33)は「『あぁ、やっぱり』という感じです。昔からませていて、人と雰囲気が全然違っていました」と振り返る。

学校は中高一貫で、五十川敦子は中学からエスカレーター式で高校に進学。校則が非常に厳しいことで知られていたが、早くから遊びを覚えていた。

「1学年あたり7クラスの生徒がいた同級生のなかで5~6人、当時はやっていた色黒の派手なギャル系グループがいました。五十川敦子はそのなかで間違いなく一番目立っていましたね。放課後は私服に着替えて渋谷(東京)などに繰り出していた。中学のときから男性関係も含めて、学校の外の世界とのつながりが強いコと言われてました」と同級生は語る

実家が横浜市で歯科医院を営んでいることもあり五十川敦子は同級生の間で「ブランド品を身につけたお金持ち」として通っていた。

父親は報道陣に対し、娘の薬物使用を「まったく知らなかったんです」と話したが、「当時から隠れて悪いことはやっていましたよ。学校にバレたら一発で退学になることもしてました」と同級生は振り返る。

五十川敦子が遊びに夢中になったためか、勉強はおろそかになり、付属高から系列の女子大へは進学できなかったという。

同級生の目に「派手」と映った五十川敦子は、06年から「あつこ」の名でモデルやレースクイーンの仕事を始める。06年というと高島礼子さんと高知東生が挙式を挙げた思い出のハワイ旅行をした年。

6月30日にロケ先の京都で行われた高島礼子・涙の緊急記者会見では「記憶にないが10年ほど前に1度だけ五十川敦子と会った」と言っていることから五十川敦子はモデルの仕事を始めて間も無く大物女優・高島礼子と会ったことになる。




高知東生とラブホテルで逮捕された五十川敦子 写真・pocop0c0.blog.fc2.com






▼驚くべき“芸能界人脈”成り上がり


連日同事件にまつわるさまざまな報道が続いている中、五十川敦子の驚くべき“芸能界人脈”が浮かび上がってきた。

6月30日発売の「週刊文春」(文藝春秋)は、五十川敦子とレースクイーン仲間だった人物の証言を掲載。同誌によると、五十川敦子は周囲に対し、高知東生とホテルにこもって薬物を使用していることを話していたという。

「さらに、記事では五十川敦子と“親密”にしていた芸能人がいると明かされています。彼女と肉体関係を持っていたというアイドルグループのメンバーAと、交際関係にあったという大手事務所所属の大物お笑い芸人B。五十川敦子は、彼らと合コンを開くことで、芸能界で人脈を広げていったとされています」(同)

週刊誌記者の間では、このアイドルと大物芸人の名がささやかれているという。

「証言は得られたものの、確証にはつなげられなかったのですが……まずAについては『超有名ジャニーズ』で『人望が厚い』『関西弁』のアイドル。またBは大物中の大物で、バラエティ番組の司会を多数こなす人物です」(週刊誌デスク)

これだけ人脈がある五十川敦子なら、ほかにも交流のある芸能人は少なくないだろう。その人脈で高島礼子さんに近づき高知東生と知り合い五十川敦子は成り上がっていったように思える。












▼裸の高知東生と五十川敦子【まとめ】


高知東生は91年に結婚した元AV女優・あいだももと1996年に離婚しており、ほかにも多くの女性芸能人と浮名を流していたが、その後に高島礼子さんと再婚に至った。

京都での緊急記者会見で高島礼子さんは夫・高知東生について『(涙を流して沈黙)私自身が同士のような親友のような気持ちでいた。どちらかと仲がいいと思っていた。』と夫・高知東生を厚く信頼していたことを語っていたが実際は高知東生に《たらし込まれて》いたように思える。

五十川敦子については遊び好きで高知東生と知り合う前から麻薬の噂があった。元薬物常習者の男性は「シャブセックスは男性よりも女性の方がより強く快感を得られる。シャブ絶ちするのは男性よりも大変だ」と指摘する。五十川敦子は、10代の奔放さそのままに覚せい剤セックスに堕ちていったことになる。

麻薬取締部は、高知東生、五十川敦子に対する本格的な取り調べを始めており、入手先や使い始めた時期などの特定を急いでいる。


【参照】
東スポweb
日刊スポーツ
iza.ne.jp
news.livedoor.com
Wikipedia











《大和なでしこ》高島礼子!涙の緊急記者会見!『一問一答』を詳しく解説

夫の逮捕で記者会見をした高島礼子さん 写真・news.ameba


《泥棒猫》癖になる『エロボディ』五十川敦子プロフィール・水着【画像】



93%が成功した〈ふっくらバストの作り方〉1ヶ月半で1.5サイズUP

写真・matome.naver.jp


五十川敦子《顔画像公開》不倫と麻薬とセックスと…。【高知東生】逮捕・まとめ

高知東生とラブホで裸で寝ていた五十川敦子両容疑者 写真・日本テレビ
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。