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『現在の熊本城』立入禁止!熊本地震後〈初めてカメラが入り熊本城内〉を撮影



熊本地震で熊本城も甚大な被害を受け立ち入りが禁止されている城内に初めてTBSのカメラが入りました。

このページでは

▼熊本地震で甚大な被害を受けた熊本城内の様子
▼今も続く熊本地震
▼熊本城の歴史


について掲載します


熊本地震後初めてカメラが入った熊本城天守閣





▼熊本地震後初めて熊本城内にカメラが入った


熊本地震では熊本城も甚大な被害を受けましたが、立ち入りが禁止されている城内に初めてカメラが入りました。

城内は予想以上に石垣が崩れ、自由に歩くことができない状態でした。



熊本城の南西に位置する飯田丸五階櫓は、残された一角の石垣のみで支えている状態。



石垣の崩落以外にも建物に被害が及んだところもありました。

熊本市の職員が調査するに当たり、捉えられたこの映像。

城の南東部に立ち並ぶ5つの櫓。



1877年の西南戦争において戦火を逃れ、重要文化財に指定されているのですが、全て壁が剥がれ落ち、土があらわになっています。

そして、今回、初めて間近に目にする天守閣。



石垣の一部は崩壊し、入り口をふさいでいました。



熊本城の修復には10~20年、費用は数百億円に及ぶともいわれています。

「熊本が復活するところを見ていただきたい」
熊本市 大西一史市長
出典・写真 TBSより





▼熊本地震


熊本地震は4月14日21時26分以降に熊本県と大分県で現在でも相次いで発生している地震。

2016年5月6日までに、気象庁の震度階級で最も大きい震度7を観測する地震が2件、発生している。

4月14日21時26分

熊本県熊本地方・震度7

4月16日1時25分

熊本県熊本地方・震度7

これらは震度7が1949年(昭和24年)に設定されて以降、2011年(平成23年)の東北地方太平洋沖地震に続いて4回目(九州地方では初)と5回目の観測事例になっている
(Wikipediaより出典)





▼熊本城


熊本城は、現在の熊本県熊本市中央区に築かれた安土桃山時代から江戸時代の日本の城

別名「銀杏城(ぎんなんじょう)」という

加藤清正が中世城郭を取り込み改築した平山城で、加藤氏改易後の江戸時代の大半は熊本藩細川家の居城。

明治の西南戦争の戦場となった。西南戦争の直前に大小天守や御殿など本丸の建築群が焼失し、現在の天守は1960年の再建である。

現存する宇土櫓などの櫓・城門・塀13棟は国の重要文化財に指定されている。

また、城跡は「熊本城跡」として国の特別史跡に指定されている。

天守閣内部には熊本市立熊本博物館の分館としての展示があり、公式には熊本城の再建天守閣内部は「熊本市立熊本博物館分館」となっている。

2016年4月の熊本地震の為に石垣・櫓・天守閣に甚大な被害を受け,現在閉鎖されている。復旧の目処は未だ立っていない。
(Wikipediaより出典)




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